∴FEEL


俺はただ
空が青いことを知って涙を流した
漂う雲のスピードが
あまりにも遅いから
まるで空だけは別世界のように見えたんだ


 人間はなぜ、こんなにも弱い生き物なのか、解らなかった。
自分の弱いところを一生懸命に隠して生きて、他人の弱いところを必死に見つけ出そうとする。そして、人を蹴落としてまで、上に立とうとする。誰かに頼らないと生きていけなくて、誰かを裏切らないと気が済まない。
 普段、空を見上げることなんてまったく無かったから、空の存在を知ったときの驚きは、はかりしれないものだった。本当は、空が青かったからだけじゃないかもしれない。ただ、人間の醜さを知ってしまった俺が、空という存在の寛大さに安堵してしまっただけかもしれない。
「こんなところで何やってんの」
不意に、寝転がる俺に影がかぶさった。この体勢では、チェックのプリーツスカートの中が見えてしまいそうだった。
「おまえ今日、白じゃねーの?」
「あっ!」
慌ててスカートを押さえ、座り込んだ。風の抵抗を受け、いよいよスカートがめくれあがってしまう。
「せっかく心配して来てあげたのに」
顔を真っ赤にして、そっぽを向いて言った。口は尖っていて、今にもマンガに出てきそうな顔をしていた。今の今まで泣いていたこととか、全部隠そうとして俺は、精一杯の冷静さを込めて、
「別に、おまえに心配されるようなことないけど」
なんて言った。だけどあいつは、いきなり俺の顔を押さえ、ぐっと顔を近づけてきて、こう言った。
「そんなわけない」
あいつの口は、相変わらず尖っていた。
「私、何年あんたと友達やってると思ってんの。嘘ついたって無駄なんだからね。」
俺の頬は、温かな雫に濡れた。
「ごめん・・・。」
それしか言えなかった。
 キィっと、錆びたフェンスが軋む。このまま寄りかかっているうちに、落ちてしまいそうだった。
「俺、本気で死のうとか考えてた」
昼休みが終わったことを告げるチャイムは、もうとっくに鳴り終わっていて、午後の日差しの下、吹き抜ける風は強く、冷たかった。それも手伝ってか、あいつは震えていた。
「基(はじめ)がいじめられてるの、知ってたんだよね…それでただ、助けたかったんだよね…」
「あぁ。でも、結果的には助かったことになるんだし、これでよかったんだろ」
笑って見せた。
「なんでそんなに優しくなれるの?」
「別に、優しくなんかねーよ」
「死ぬなんて言わないで。私は、裏切ったりなんかしないから・・・」
風が通り抜ける。その言葉を、俺の元まで運んで来てくれるように。二人の距離を、だんだんとつめて。
 午後の日差しの下、吹き抜ける風は強く、冷たかった。

 小学校のころからの付き合いで、いつも一緒にいた。あいつの嫌いなものとか、バレンタインデーに好きな子にあげようとがんばってつくったチョコが、しょっぱくて嫌われてしまったこととか、夕日が好きだってこととか、全部知っていて。俺は、あいつを異性として意識したことがなくって。あの時、あんな言葉をかけてくれたことに、少なからず動揺していたんだ。


 悲嘆にくれた。
 誰かをいとおしいと思ったことが、なかったから。裏切られるのが、怖かったから。誰を信じればいいのか、なにが本当なのか、わからないから。知りたいことが、あったから。知りたいことよりもっと、知らないことが、ありすぎたから。
 四月、進級し、新しい教室で初めて、俺は基の存在を知った。彼女は五十音順の席順にもかかわらず、教室の隅に席を置いていた。先生も、ほかのクラスメイトも、何も言わずに、彼女はそこに居つづけた。
 授業中でも、休み時間でも、ひたすらに窓の外を見ていた。そして、その日見た雲の形をノートに描き写していた。
 いつだったか、空が赤らむ頃だった。いつものことだけれど、俺は家に帰りたくなくて、風紀委員の花壇に、自分で植えた花をいじっていた。
 風紀委員なんて、立派な名前を付けてもらってるけど、仕事なんてほとんどが適当で、委員長なんて、何もすることが無かった。だから、委員長という大層な名目を存分に活かして、昔からなんとなく好きだった花を植えてみた。当然、世話をするのは、俺しかいない。
 だけど、この時違和感を覚えたんだ。最近、花の世話をしていなかったから。


























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